皆空の中で...

続_オケラ5世_第1回BOCシングルハンド世界一周レース(後編)

続_オケラ5世_第1回BOCシングルハンド世界一周レース(後編)
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第1回BOCシングルハンド世界一周レースは1982年8月28日にスタートした。第一レグはニューポートからケープタウンである。スタート後,数日でリタイヤしたヨットもあったが,多くのヨットは大きなトラブルもなく北大西洋→赤道→南大西洋と航海した。ケープタウンへ残り数日という位置のオケラ5世からの電波が東京へ強力に届いたことがあった。
      (BOCは,British Oxygen Company=英国の工業ガス会社の略称 )
多くの参加艇はケープタウンで無料補給を受けて第二レグへ一斉スタートした。
アフリカ南端のケープタウンからシドニーへの第2レグは世界でも最も荒れる海域を通過する航海のようだ。
ケープタウンの緯度を保っての航海では距離が長くなるため,レース艇はケープタウンから東南東のコースをとる。最短は大圏コースであり,その場合は南緯49.3度,東経69.1度のケルゲレン島(Kerguelen Island)の更に南側を通過することとなるが,南氷洋となるため,ケルゲレン島より北側の海域を航海する。この海域は最も厳しい「吠える40度(Roaring forties),荒れ狂う50度(Raging fifties)」である。このため,レース参加艇の多くがノックダウンし,中には沈没したレース艇もあった。

次は「オケラ5世優勝す」から引用です。やや風の強い中でのヨットの状態です。下図右は船内の人間の状態です。
                       (図はクリックで拡大します。)
   1_やや風が強い状態  3_船内の人間2

このような船内でも,食事は必要なので,オケラ5世では,航海中に古い海図を丸めてFRPで積層し,丸棒を作り,下図のように縦に取り付けて,それにまたがって調理をしたり食事をしたとのこと。荒れた海では揺れても身体が動かぬようにすることが肝要だ。寝る時も身体をベルトでバースへ縛り付けておかないと危険です。多田さんの航海日誌にヘルメットをつけたまま寝た時があるとの記録があります。
          (図はクリックで拡大します。)
             2_ヒール状態での

次は多田さんの航海記録「オケラ5世優勝す」のカバーからの引用です。写真左はスターン(船尾)側の波です。波がもっと激しくなると写真など写していられないので,この写真はそれに至らないレベルの波でしょう。
          (つぎの写真はクリックで拡大します。)
   2_オケラ5世カバーより 3_嵐の中で

「オケラ5世優勝す」の中に荒天時に「トライスル1枚で走る」とあります。トライスル(TrySail)とは下図の茶色のセールです。ブームも使用しないシンプルな張り方をします。オケラ5世は,下図のようにフォアステーを2本にしていました(下図を拡大してください)。フォアステーの1本にストームジブ(Stormjib)を取付けて下げておけば,荒天時のセール交換が簡便となります。ジブファーラーを使用しないので,そのトラブルは皆無です。順風時はゼノア二枚を観音開きに開いてスピンネーカー的な張り方をしました。何より,フォアステーが切れるトラブルが回避できます。
          (図はクリックで拡大します。)
     トライスル
荒れた海で,スターン(船尾)方向から強風を受けて帆走中に,クオータリー(後横方向)から大きく高い巻波が押し寄せると,波で船尾が持ち上げられ,逆に船首が下がり,船首が海面へ突っ込む形となる。この結果,ヨットが斜め前へ転ぶ形となって,マストが海面の中に沈むような状態となります。即ち,90度以上のノックダウン状態となります。
              (図はクリックで拡大します。)
4_ノックダウン4 5_ノックダウン5

「オケラ5世優勝す」の航海中に120度のノックダウンをしたと挿絵付きで記録されています。キールが海面より上に出るというのは大変なことです。このような状態の時に,身体をバースに縛り付けていないと,強く叩き付けられて骨折したりします。
このような荒海では,荒れがひどくなる前にハッチを締めることで船内への海水の流入を防ぎます。
レース参加艇の多くがノックダウンしています。ヨットが横転も危険ですが,最も恐ろしいのは,縦にデングリ返る「縦転」です。「縦転」は船尾からの非常に高い波で船首を支点にして完全に逆立ち状態で回転するのでしょう。横へのノックダウンより激しい力が加わるため,マストのみでなく,様々な艤装が破壊するでしょう。
          (図はクリックで拡大します。)
     66ノックダウン

このような状況でハッチを開けると海水が船内へ流れ込むため更に危険です。次は,そのような時に多田さんが唱えたという般若心経の一説です。この中の「色即是空 空即是色」よりも,「心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖(しんむけいげ むけいげこ むうくふ)」を唱えて恐怖心から自分を救ったのかもしれません。
          (写真はクリックで拡大します。)
        般若心経の抜粋

次の写真は,嵐の少ない第四レグの静かな朝,デッキで座禅をしている多田さんです。吠える40度,荒れ狂う50度を航海した人と,そのような経験のない人では静かな海の感じ方に差があるのかも知れません。
          (写真はクリックで拡大します。)
        大西洋夕方の

オケラ5世の航海「オケラ5世優勝す」に記されている,第一回BOCシングルハンド世界一周レースにおける参加艇のトラブル状況です。

第一レグ(ニューポートからケープタウンへ)
1982/08/28: レーススタート
1982/08/30:「ドリフトウッド;41fスループ」リタイヤ
1982/09/01:「スピリット・オブ・ペンタックス;55fスクーナー」鯨とぶつかる。
1982/09/27:「ムーンシャイン;39fカッター」スプレッダーがこわれる。
1982/10/17:「レダ・ピア・ワン;53fスループ」フォアステイトラブル。
1982/11/05:「ダットサン・スカイライン;44fキャット」が一時消息を絶つ。第一レグ後棄権。

第二レグ(ケープタウンからシドニーへ)
1982/11/15:「オケラV」ノックダウン。
1982/11/27:「スコイアンⅢ;43fカッター」ノックダウン。
1982/11/28:「レディ・べパレル;54fケッチ」縦転沈没,ムーンシャインに救助される
1982/11/30:「クレジット・アグリコール;56fカッター」ノックダウン。
1982/12/01:「ナイケⅢ;44f自作スループ」ノックダウン。
1982/12/05:「ラトソーⅡ;38fカッター」ノックダウン3回。
1982/12/06:「スコイアンⅢ;43fカッター」ノックダウン2回目。
1982/12/09:「シティ・オブ・ドネータン;42fスクーナー」ノックダウン。
1982/12/11:「アルティック・ポートレッカー」ノックダウン。
1982/12/18:「ジプシーモスⅤ;56fケッチ」タスマニアのバス海峡で座礁沈没。

第三レグ(シドニーからリオデジャネイロへ)
1983/01/16 レーススタート
1983/01/27:「アルティック・ポートレッカー;49fスループ」ノックダウン2回目。
1983/02/04:「バーセベランス・オブ・メジーナ;52fカッター」鯨と衝突。
1983/02/06:「ムーンシャイン」ノックダウン。
1983/02/08:「レダ・ピア・ワン」ノックダウン。
1983/02/09:「スコイアン;43fカッター」縦転沈没
1983/02/11:「バーセベランス」に救助される。
1983/02/25:「バーセベランス」ノックダウン。
1983/03/13:「オケラⅤ」第三レグフィニッシュ後に座礁。

第四レグ(リオデジャネイロからニューポートへ)
この間は,吠える40度の航海がないためか各艇ともノックダウンなどの記録は無い。
1983/05/17:「オケラⅤ」ニューポートフィニッシュ。

以上の記録からも,ケープタウンからシドニーへの第二レグとシドニーからの第三レグが,いかに厳しい航海であったかがわかります。一般的な世界一周クルージングでは,南緯40度,50度を連続して走るような航海はしません。商船などもそのような海域を航海することは少ないでしょう。
シングルハンドの航海でタスマニア島とオーストラリアの間のバス海峡(Bass Strait)を通過するのは非常に緊張する航海だったようです。
タスマニアへのバス海峡は深さが60~100mと浅く,島が多いため過去から多くの帆船が遭難している。交替でワッチができないシングルハンドでの航海は座礁の危険性がある。このレースでも優秀なレーサー「ジプシーモスⅤ;56fケッチ」が座礁・沈没している。

次の写真は,第三レグ;シドニーを出港して,ホーン岬→リオデジャネイロをめざすオケラ5世と多田雄幸さんです。多田さんが右手で操作をしているのはビデオカメラです。このカメラで撮った画像は日本テレビの倉庫で眠っているでしょう。
第三レグは大圏コースに近い経路をめざします。シドニーからニュージランドの南を通過して南緯60度まで南下します(地球儀を下から見るとシドニーからリオデジャネイロの最短コースがわかります)。
     (写真はクリックで拡大します。)
オケラ5KODENポスタ2

ヨットにレーダーを搭載している理由の一つは,このコースにおいて前方の氷山を発見するためです。大圏コースは南極に非常に近くなり,氷山への衝突の虞があるため,多くのヨットは南極から離れた海域を通過します。オケラ5世はかなり南極よりのコースを走ったため,第三レグを終えた時点で順位が大きく上がりました(大和魂的なコース取りだったと多田さんは話していました)。

次は,表彰式で優勝を喜ぶ多田さんです。オケラ仲間は多田さんのオケラ5世が優勝するとは夢にも思っていませんでした。オケラ仲間による自設計自作艇だから無事に世界一周できれば良いと考えていました。多田さんも「優勝はグリコのおまけ」のようなものと言っていました。
          (写真はクリックで拡大します。)
        多田さん優勝バンザイ

次の写真は,第1回BOCシングルハンド世界一周レースを終えた戦士達が,そろいのブレザーでニューポートのポンツーンへそろいました。前列左端がオケラ5世の多田雄幸さんです。
          (写真はクリックで拡大します。)
オケラ5世優勝表彰式

オケラ5世優勝の一報を聴いて,サポート仲間が世田谷祖師谷の「プリンス」に集まって祝杯をあげました。写真中央は西堀栄三郎先生,その右はコーデンの伊藤社長(当時),西堀先生の左は三浦の福寿寺の杉山滴水和尚です。
          (写真はクリックで拡大します。)
     オケラ5世優勝の乾杯(部分)

多田雄幸さんの著書「オケラ5世優勝す」は絶版になっていますが,アマゾンの書籍を「オケラ5世優勝す」で検索すると中古本が見つかるかもしれません。



次ページ 文春に掲載されたヨットレースに優勝したオケラの多田さんの航海 ⇒ こちら 


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  1. 2013/05/08(水) 16:00:59|
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