皆空の中で...

オケラ5世_第1回シングルハンド世界一周レース(前編)

オケラ5世_第1回BOCシングルハンド世界一周レース(前編)
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1975年の沖縄海洋博記念シングルハンド太平洋横断ヨットレースのあと,オケラ仲間はオケラ3世で近海クルージングを楽しみました。斎藤さんは1人乗り水上飛行機の自作に夢中になっていました。
そのような遊びの日々を過ごしていた頃,西堀栄三郎先生が愛艇ヨット「ヤルンカン」の整備で油壷ボートサービス(ABS)に来ていました。ABSの二階のデッキに居たABS社長と西堀栄三郎先生から声をかけられ,「犬そりへヨットの帆を利用」の話をしたことがきっかけに,多田雄幸さんと私は植村直己さんの北極点犬ぞり探検・グリーンランド犬ぞり縦断の支援をすることとなりました(この話は後日にします)。

植村直己さんの北極点犬そり単独行・グリーンランド縦断犬そり冒険が終えたころ,沖縄海洋博レースで友人となったデビットホワイトから多田雄幸さんへ「シングルハンド世界一周ヨットレースを企画したので参加しないか」との誘いが届きました。
デービットの誘いを受け「世界一周レースの夢」への気持ちがふくらみ,オケラ仲間の斎藤さんが世界一周レースヨットの手造りによる建造を開始しました。新艇の建造は三浦市南下浦金田の浜辺の空地で開始しました。現在は浜が埋め立てられ三浦市東部浄化センターが建設されていますが,当時は,農道の先の何もない金田の浜辺でした。

オケラ3世の次に,遊び目的でディンギーを自作しました。そのディンギーをオケラ4世と数え,世界一周レース用のヨットをオケラ5世としました。5世の建造中に資金不足となり,行詰り状態となりましたが,植村直己さんの北極犬そり探検の支援で知合いになった西堀栄三郎先生が動いてくれて,光電製作所の伊藤社長(当時)から支援を受けられることとなり,何とか世界一周レースへ参加できることとなりました。

第1回BOCシングルハンド世界一周レースは北米東海岸のロードアイランド州のニューポート(Newport/Rhode Island)がスタート地点だったので,多田さんは甥のケンちゃん達とオケラ5世を太平洋→パナマ運河→カリブ海→ニューポートへと廻航しました。
      (BOCは,British Oxygen Company=英国の工業ガス会社の略称 )
1982年8月28日,第1回BOCシングルハンド世界一周レースがスタートしました。レースは50フィート以上をクラス1とし,50フィート以下のヨットをクラス2として競技が開始されました。次の写真は,そのレースの航海日記をもとに多田さんが書いた「オケラ5世優勝す」の表紙です。写真は,長い棒の先にカメラを取付けてヨットの先端部からさらに前に突き出して,航海中のオケラ5世と自分を撮影したものです。波が無く,風が安定していないと,自分独りでこのような艇速のある写真は撮影できないですね。
現在はデジタルカメラの時代なので,その場で撮影の結果を見ることが出来ますが,当時はフイルムカメラだったので上手く撮影できているかは帰国して現像するまでわかりませんでした。
          (写真はクリックで拡大します)
   オケラ5世表紙

次は「オケラ5世優勝す」の表紙の裏に書かれた多田さんのサインです。多田さんは日展へ絵画を出展するほどでしたので,絵や文字の書き方に心得がありました。
          (下図はクリックで拡大します)
   多田さんのサイン

次は,文庫本となった「オケラ5世優勝す」の表紙です。クリックで拡大していただくと多田さんのヨット歴や世界一周レースの記述(著者履歴)が読めます。
          (下図はクリックで拡大します)
   オケラ5世表紙Book2

次は,表紙の裏へ書かれている「世界一周レースの工程」と参加したヨットの遭難記録です。下図の青文字①から②がニューポートからケープタウンまでの第1レグです。②から③が最も厳しい「吠える40度(Roaring forties),荒れ狂う50度(Raging fifties)」を航海する第2レグです。③から④へも南緯40度,50度の荒海を帆走し,ホーン岬を越えてリオデジャネイロまでの第3レグです。第4レグは④のリオデジャネイロからニューポートまでです。
下図をクリックして拡大すると,レース艇の遭難位置が書かれています。第2レグでケープタウンを出港し,シドニーへの航海で多くのヨットが荒波と強風でダウンしています。
丁度その頃,南極大陸の最高峰「ビンソンマシフ」の登頂をめざして,南極のアルゼンチン基地で待機していた植村直己さんと,第3レグを航海中の多田雄幸さんはアマチュア無線で交信をしています(録音が残っています)。また,南極からもどる植村直己さんとアルゼンチンの沖合の海上ですれ違っています。日本の真裏の位置から東京への無線通信実験も実施しました(対蹠点効果の実験)。
        (下図をクリックして拡大すると各艇の苦難がわかります)
航海地図85

次は,オケラ5世の艤装です。全長44フィート(13.20m),幅3.95m,マスト高14mです。図は説明のためズングリと書かれていますが,実際は44フィートの長さです。
        (下図はクリックで拡大します)
オケラ5世艤装2


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  1. 2013/04/17(水) 14:15:02|
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