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ヨットのエンジン冷却排水と排気設計のポイント

【 ヨットのエンジン冷却排水と排気設計のポイント】
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---【ヨットの設備関係の目次】---
      ・ステンレス製のウォーターロックが錆びる原因
      ・ウォーターロックを自作する
      ・FRPパイプの自作(曲げパイプ自作)
      ・ヨット オケラⅢ世のエンジン排水と排気(古い話)

ディ-ゼルエンジンは耐久力のあるエンジンです。長距離バスはディーゼルエンジンで50万kmを越える走行をします。遠洋航海の漁船はディ-ゼルエンジンで何度も世界の海をまわります。
ところが,ヨットでは短い期間でエンジン不調となる例が散見されます。短期間で不調が起きる原因はヨットへエンジンを設置する際の冷却排水と排気管の設計に甘さがあるためです。

本船や大型漁船はエンジンの排気を船体上部の煙突から排出できますが,ヨットの場合は船尾,または船尾に近いハルから排出します。冷却水の排水方法として,本船などのようにエンジン排気と分離して排水する方式(乾式排気)もありますが,エンジン排気管が高温のため,排気管の引き回しが難しくなります。
そのようなことから,ヨットではエンジン排気管の中へ冷却排水を混合させ排気の力で一緒に排出する方式(湿式排気)をとります。

エンジン運転中は,排気の力で冷却排水も押し出されるので問題はありませんが,エンジンを停止すると,排水途中の排水が排気管の低い位置へもどり,溜まります。また,エンジン停止と同時に冷却ポンプのインペラも停止しますが,インペラの羽の隙間をぬけた冷却水がサイフォン現象でエンジン排気管への排水注入部(インジェクションポイント)へタラタラと流入しエンジン排気管の底部へ溜まる場合があります。
このサイフォン現象によってエンジン排気管の中に流入した排水の水位が上昇すると,排気管の高さを越えてエンジンヘッド側へ排水が流れ込む事態が起きます。この事態が発生するとエンジンの排気弁,シリンダーに海水が入り,エンジン故障となります。

【排水インジェクションポイントと喫水ラインの関係】
次の図はエンジン排気管への冷却排水注入部(インジェクション点)の高さ,喫水ラインとの関係をあらわしたものです。(図はクリックすると拡大します)
1_喫水より高い絵

図の中にも書きましたが,重要な点は,排気管の中へ冷却排水を注入させるインジェクション点が喫水ラインから十分に高い位置で行われる設計になっているか否かです。
上の図は,喫水ラインより高いレベルにインジェクション点がある例です。この場合はエンジン停止と同時にインジェクション点から空気が冷却排水パイプの中へ入りこむためサイフォン現象は発生しません。即ち,冷却排水パイプ側からウォ-タロック側へ海水が流れ込む事態は発生しません。

具体的には次のような数値が示されています(このページの文末:エンジンメーカ資料より)。
   (1)冷却排水のインジェクション点の高さが喫水ラインより15cm以上高いこと.
   (2)インジェクション点がウォーターロックの中心レベルより25cm以上の高いこと.
   (3)排気ホースが船尾において喫水ラインより35cm以上高くあげられていること.
   (4)排気口が喫水ラインより15cm以上高いこと.
…喫水ラインとは最大積載時の時のものです。

問題は次の図のような場合です。 (図はクリックすると拡大します)
2_喫水より低い図
上の図は冷却排水のインジェクション点の位置が前記の条件以下の場合です。この場合は,エンジンが停止してもサイフォン現象で,冷却水取入れ口→冷却ポンプ→エンジン内部→排水パイプ→インジェクション点→ウォータロック側へと海水が流れこみます(冷却ポンプが停止していてもインペラの隙間を通って少しずつ流れるのです)。
ウォ-タロック側の水位が上昇し,やがて,排気管を逆に越えてエンジン内部へ海水が入り込みます。
(エンジン停止と同時に,船底からの冷却水取り入れコックを,忘れず毎回締めればサイフォン現象は防止できます)。

上図の場合でも,常にエンジンが動いていれば,排気力で排気管に流れこんだ冷却排水は排水口へ押出されるので問題ありませんが,ヨットではエンジンを停止して航海をする時間が長いためサイフォン現象が生じて排気管へ少しずつ流入するおそれがあるのです。
船の重心を下げるためにはエンジンを船内の最も低い位置とすること望ましいのですが,そうすると冷却排水のインジェクション点が喫水ラインより低くなってしまうため,サイフォン現象などでエンジン排気管へ海水が流入しないように,しっかりしたサイフォン現象対策が必要です。

次の図はこれらの対策を考えた設計例です(図はクリックすると拡大します)。
3_喫水より低い時の対策図
上図の場合,エンジン上部が喫水ラインより低い位置にあるため,可能ならば排水インジェクション点の高さを喫水ラインより15cm以上高く変更するのが基本対策ですが,できない場合は次の対策をします。(図はクリックすると拡大します)

(1)インジェクション点とウォ-タロック中心ラインとの高低差が 25cm以上となるようにする。   
     ミキシング点との高低差
(2)エンジンからミキシングエルボへの冷却排水パイプの中間点を喫水ラインより30cm以上高くし,かつ,高くした頂点部分からエアーパイプをできるだけ高く引き上げ,そのパイプ先端を閉じない状態にします。 この構造により,エンジン停止と同時にエアーパイプ頂点から排水パイプへ空気が入るため,サイフォン現象が防止されます。 エアーパイプは空気流入が目的なので内径10mm程度の細いチューブで十分ですが,100℃程度の耐熱が必要です。なお,塩の結晶が生じて詰ることがあるので定期的に清掃が必要です。

更にですが,エンジン停止毎に,ウォ-タロック内に残留した残排水を水抜パイプで抜き落とす方法もあります(上図参照)。 この場合,エンジン動作中は水抜パイプのバルブを閉め忘れに注意が必要です。同水抜パイプは圧力がかかるので強いものを使用します。 エンジン停止しているのに,いつまでも水抜パイプから排水が出てくる場合は,サイフォン現象で海水が入り続けているおそれがあります。
インジェクション点が喫水ラインより高く,排気ホースを船尾で高くあげて船尾の排出口から海水浸入対策も十分な場合は同水抜パイプは省略して良いでしょう。

【冷却排水パイプの中間部を高くあげる】
エンジンからミキシングエルボのインジェクション点までの冷却排水パイプの中間点を高くあげるだけではサイフォン現象は防げません。エンジン停止と同時に排水パイプの中へ空気が入る仕組みが必要です(下図)。
小型エンジンでは,排水パイプの中間部へ逆U字型の銅パイプ等を接続し,逆U字部分を高く上げ,銅パイプの頂点にエアー抜きのチューブを接続します。エンジン停止と同時にチューブから排水パイプの中へ空気が入り,サイフォン現象の発生を防ぎます。エンジン動作中には排水パイプの圧力が高くなるためエアー抜きチューブを十分高くします。エンジン運転時にエアー抜きチューブの上部から冷却排水が出る場合があるのでチューブの先端を船尾へ引きまわしておくと良いでしょう。(図はクリックすると拡大します)
     サイフォン防止逆U字パイプ
エンジン出力が大きい場合は,下図のようなバキュームバルブを使用すると良いでしょう。
バキュームバルブはエンジンが動作し排水パイプの内圧が高い時は圧力でバルブが閉まり,エンジン停止して圧力が低下したらバルブがゆるんで空気が入り,サイフォン現象の発生を防止します。バキュームバルブの動作が正常かどうか定期的な点検が必要でしょう。

ここで重要なのは,逆U字パイプであれ,バキュームバルブ式であれ,エアを抜きチューブの先端を喫水ラインから70cm以上高くあげて開放することです。間違ってもエア抜きチューブの先端を喫水より低くしてはいけません。喫水より低く垂らすと中間部が高くてもエア抜きパイプを経由してサイフォン現象が生じ,船内へ海水が入ります。(図はクリックすると拡大します)
     Vetasu アンチサイフォン用エアーベント
冷却排水パイプは温水となった海水が流れます。エンジン停止でパイプに空気が入ったり,流れたりを繰り返すため,パイプの内側に少しずつ塩の結晶が付着します。この塩の結晶が多くなるとエンジンからの冷却排水の排出ができなくなり,エンジンのオーバヒート,排気ホースの熱変質などの問題が起きますので,定期的に冷却排水パイプ,バキュームバルブ,ミキシングエルボ(インジェクション点)の塩の結晶を取り除きます。
エンジン起動させた都度,船尾の排気口から排気と一緒に排出される冷却排水の量が少なくなっていないか点検が大切です。

【排気経路を船尾で高くあげる】
図の中の「グースネック部」と表示している船尾で排気管を高くする設計が必須です。しっかりしたウォーターロックが設置されていれば排気管から海水がエンジン側へ逆流しない…との考えは外洋航海では甘い考えです。
排気経路を船尾で喫水ラインより十分に高くしないと(少なくとも喫水より40cm以上),船尾から強い波が押し寄せた時に,排気口から排気ホース側へ海水が浸入します(これが不十分だったため,太平洋を横断しただけで新品のエンジンを痛めてしまったヨットがあります)。これを防ぐために「グーズネック」等を取り付け船尾部で排気経路をできるだけ高くします。
       Vetusグースネック
下図は自作グースネックです。「ヤマハ設計室だより:艫(とも)排気システム」にもあるように,ミキシングエルボから後の排気系統の内部温度は高くないのでFRPなどで自作しても問題はありません。「ヤマハ設計室だより:艫(とも)排気システム:艫排気用配管材料の選定」はこちら
http://www.yamaha-motor.jp/marine/lineup/pro-fish/tairyo/sekkei/engine/013/
(図はクリックすると拡大します)
手作りグースネック
排気経路を船尾で高くすれば良いので,グースネックを使用せず,FRP等で逆U字のパイプを作り高く上げる方法もあります。ヨットの船尾の形状から船尾の中心点で高くできない場合は,下図のようにコックピットの右内側または左内側へ取り付けます(船尾に近い位置)(図はクリックすると拡大します)
FRPパイプで持ち上げる FRPパイプで持ち上げる(船内)
逆U字型のFRPパイプの作り方は後で記述します。お金があるが時間が無い方はメーカ品を使用するのも良いでしょう。Vetus社の排気関係は次のURLの48~60ページに掲載されています。
http://viewer.zmags.com/publication/066ba269#/066ba269/1

【ハルに排気口がある場合】
次は船尾に近いハルに排気口のあるヨットの場合の図です。大きくヒールした時が心配です。図のような状態になってもヨットの速度が速ければ排気口から海水侵入はしませんが,強風でヒールした状態で船足が遅い時は心配です。図でわかるように,グースネックなどで排気経路を高くあげておかないと,大きくヒールして水面下となった排気口から海水がウォーターロックへ直接浸入します。図と逆側に大きくヒールした場合,排気口は海面より高くなりますが,そのようにヒールする時は風が強い状況なので,風上からの波頭が排気口に達するたびに,海水が排気経路に入ります。この時,排気経路を高くしていないヨットではウォータロック側へ海水が入ります。(図はクリックすると拡大します)
   ハルに排気口がある場合
【喫水ラインを船内で把握する手法】
説明が前後しますが,エンジン上部が喫水ラインから十分に高い位置にあるかを調べる場合は,下図の方法で行います。方法は図の中の説明書きを読んでください。この測定の際に考慮すべきは,航海時の荷物を乗せた時の喫水ラインです。(図はクリックすると拡大します)
     4_喫水ラインとの差を調べる
【船尾の排気口からの波の侵入対策】
次の図は,船尾の排気口の対策です。
船尾側から強い波がたたきつける場合,排気口からグースネック側へ海水が押し込まれます。グースネック部の高さが十分であれば,その高さを越えてウォータロック側まで侵入することが少ないですが,ヨットのヒールが大きいとグースネックのトップの位置が水平時より低い状態となるため,海水がグースネックを越えて排水パイプ側へ侵入する場合があります。また,侵入せずとも,排気口への強い波が排気ホース内部の空気を押し,ウォーターロック内の残排水が飛まつとなってエンジン排気管側へ入る場合も考えられます。
これを防ぐために,図のように排水口のサイズより大き目の円形のラバー板を取付けます。エンジンが動いている時は,排気の力でラバー板は吹き上げられます。船尾側から波がきたら,波の力で,ラバー板が排水口側へ押し付けられ排水口を塞ぎます。ラバー板は耐久性がないので長距離航海時にはラバー板の予備を用意します。木製や樹脂性の板でも良いですが,排気の力で動くように蝶番(チョウツガイ)を使用するなど工夫が必要です。(図はクリックすると拡大します)
  排気口の対策排気口グッズ
【ミキシングエルボと構造】
エンジン排気管へ冷却排水を混合させる(インジェクションさせる)ミキシングエルボの形状と構造です。
下図はエンジン購入時に取り付けられているミキシングエルボです。
エンジンのマニホールドから水平に取り付けられているので,インジェクションポイントはエンジン上部より少し低い位置となります。(図はクリックすると拡大します)
        ミキシングエルボ図
下図はインジェクションポイントを高くするための逆U字型ミキシングエルボを取付けた図です。(図はクリックすると拡大します)
        ミキシングエルボ_逆U字取付け図
上図では見えにくいですが,マニホールドからの排気ダクトとミキシングエルボのジョイントを長くすると更に高くできます。
写真は逆U字型ミキシングエルボのみのものです。(図はクリックすると拡大します)
        ミキシングエルボ写真
下図は逆U字型ミキシングエルボの構造を簡単に図示したものです。内部は排気経路のまわりを冷却排水が流れ,排出部で排水が排気に合流する構造となっています。このような構造なので鋳造で造るのが一般的です。鋳造品なので数年で内部に錆が発生します。排気通路の錆はとることができても,排水通路内の錆は見ることすらできません。ミキシングエルボーは数年ごとに交換する消耗品です。
インジェクション点が喫水ラインより十分高くとれるなど先に述べた条件を満たす場合は,逆U字型でなく既設のストレート型のミキシングエルボでも大丈夫ですが,長距離航海をする場合は逆U字型を使用するのが賢明です。(図はクリックすると拡大します)
     逆U字ミキシングエルボの構造

次の写真は「スピリット オブ ユーコー(オケラ8世)」のミキシングエルボです。逆U字型ミキシングエルボを使用し,冷却排水のインジェクションポイントを高くしました。その結果,インジェクションポイントが喫水より十分に高い位置となり,かつ,インジェクションポイントからウォーターロック上部までの高低差が40cm以上となったので,エンジンからミキシングエルボへの排水パイプへサイフォン現象防止のための逆U字パイプ等の取付は省略しています。(写真はクリックすると拡大します)
世界を2周した後なので錆が多くなっています。
逆U字ミキシングエルボ 逆U字ミキシングエルボ2

長々と書きましたが,エンジンへの冷却排水の侵入防止についてはシッカリした設計が必須です。
究極は,(1)エンジンのマニホールドからミキシングエルボまでの間にバルブを設けて,エンジン停止と同時にバルブを閉める,(2)同時に冷却水取入口のコックを閉める・・・ようにすれば完璧です。こうすれば,ヨットがノックダウンした場合でもウォーターロックに残っていた排水がエンジンへ逆流することはありません。ですが,設置したバルブが開かなくなるトラブルが起きるとエンジンが動かなくなります。

書き忘れましたが,排気管,ミキシングエルボ,排水パイプ,ウォ-タロック,グースネックなどは使用年月に応じて劣化します。
特にエンジンヘッドからの冷却排水の出口,ミキシングエルボまでの排水管,インジェクション部には塩の結晶が堆積しやすいので定期的に清掃することが肝要です。

書き忘れ2:「ウォーターロックの大きさ(容量)」
エンジンを停止すると,ホース内の未排出水がウォーターロック側へもどります。ウォーターロックのサイズが小さいと,ロック内の残留水の水位が高くなり,ヨットがヒールをした時にミキシングエルボ側へ逆流しやすくなります。ヒールしてもそのような事態が起きないように容量が十分なウォータロックを使用する必要があります。

【参考1:ウォーターロックなど排気系統の内部温度:耐熱】
エンジン排気系統は排気熱が加わるため内部温度が非常に高くなるのではと考えますが,その温度は「ミキシングエルボで冷却排水が混合された後では42度C」とヤマハ設計室から発表されています。詳しくは「ヤマハ設計室だより:艫(とも)排気システム」の「艫排気用配管材料の選定」をごらんください。ヤマハ設計室だより:艫(とも)排気システム は こちら

【参考2:ミキシングエルボを自作する場合は】
「ヤマハ設計室だより:艫(とも)排気システム」で注意していますが,ミキシングエルボを自作する場合は,エンジン停止の瞬間にエルボの内部壁にあたった冷却排水の飛沫がシリンダー側へ吸い込まれないような工夫が必要です。下図右のように冷却排水管を傾けるなどの工夫が重要です。但し,冷却排水がエルボの内部壁に当らない状態にしてはいけません。エルボ出口の温度が下がらず接続ラバー管が焼ける虞があります。
     自作ミキシングエルボの注意点

【参考3:Yanmar Engine installation(海外向け)から抜粋図】
YanmaEngin設置説明
上図は沿海用小型船舶のための設置標準です。外洋航海ヨットの場合は,船尾での排気管のアップを350㎜より更に高くする設計が必要です。

人が健康かどうかを,オシッコや大便の量や色を見ると身体の状態がわかると言われます。
ヨットのエンジンも排水の温度と量を手で触ってみて変化がないか毎回調べることが大切です。
排水の量が少ない場合は,冷却水取入経路の詰り,インペラの不良もありますが,排水パイプが塩で詰っているとか,ミキシングエルボのインジェクション部の内部が錆で詰っているとかが考えられます。定期的に点検整備をしましょう(ミキシングエルボーは消耗品です)。

ウォーターロックの構造 → こちら

ステンレスのウォーターロックが錆びる原因は → こちら

総目次へもどるは → こちら

  1. 2011/08/26(金) 23:05:58|
  2.   ヨットのエンジン冷却排水と排気
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